学部・大学院 教員詳細

木津 弥佳

木津 弥佳(きづ みか)

職名
教授
担当分野
第二言語習得研究、言語学、翻訳
学位
Ph.D. in Linguistics
研究キーワード
SLA, FLA, pragmatics, syntax, translation

教員からのメッセージ

普段意識せずに使っている「ことば」ですが、当たり前のことになぜだろう?という疑問を抱き、その知的興味を追求するのはおもしろいものです。外国語である英語から見た日本語、母語である日本語から見た英語を通じて、「ことば」とは何か、またその背景にある人間の言語能力や外国語習得について、一緒に考えてみましょう。

研究内容

外国語として英語を学ぶ日本語母語の学生と、外国語として日本語を学ぶ主に英語母語の学生が、それぞれの目標言語に関してどのような文法知識を持っているのか、また、それぞれどのような過程を経て会話を含むコミュニケーション能力を発達させていくのかについて研究しています。後者については、特に会話の流れに貢献する表現や自分の考えを表明するための表現に注目して、留学前と留学後でどういった変化が観察されるかを分析します。学ぶ外国語が異なっていても、第二言語学習者であれば誰しも直面する問題(あるいは問題とはならないこと)を見つけ、語学教育へ示唆することは何かを考えています。

生成文法の枠組みにおける外国語習得研究

日本語は、適切なコンテクストがあれば主語や目的語などのいわゆる項 (argument)を省略することができる「強い主語脱落 (radical pro-dropまたはdiscourse pro-drop)」言語として知られています。しかし、同じ主語脱落言語であるイタリア語やスペイン語とは性質が異なり、日本語の省略主語は動詞の豊かな一致 (rich agreement)により認可されるものではないとされてきました (Rizzi 1982, 1986, Huang 1984他)。Oku (1998)は、日本語の主語・目的語の省略は、豊かな一致のある言語とは異なる項削除(argument ellipsis)が関わっていると主張し、その証拠として削除された項は緩やかな同一解釈(sloppy identity interpretation)を許すといいます。このような日本語の削除現象を、文法的メカニズムの異なる外国語を母語とする日本語学習者はどのように習得するのでしょうか。本研究では、この研究課題を解決するため、下記のような音声付きスライドとテスト文を用意して、削除された項の文法性を判断してもらう実験を行っています。

これまで明らかになったこととして、削除された項の先行詞(照応形 anaphor)の違いによって緩やかな同一性解釈を許す場合とそうでない場合に分かれるという興味深い差異が観察されました。日本語で項削除が許されるのは解釈不可能なφ素性がないからというSaito (2007)の分析が正しいとすると、スペイン語ではφ素性があることからスペイン語母語の日本語学習者は項削除を習得するために当該のL1素性をリセット(unlearn)する必要がありますが、外国語としての日本語の文法知識がある程度発達した段階であっても、学習者がL1素性を保持している可能性を示しています。

また、一見して日本語と類似している中国語の項削除についても、主語が脱落するのか、目的語が脱落するのかによって、日本語と中国語の振る舞いが異なる点に着目し、Takahashi (2014)らの理論的分析に基づき、日本語母語の中国語学習者が中国語での項削除をどのように習得していくかも研究します。その際、Slabakova (2022)等の議論を参考に、中国語は研究対象となる日本語母語話者にとっては、第3言語となるわけですが、母語である日本語だけでなく、第2言語である英語の影響をどの程度受けているのかについても研究課題として分析するとともに、さらにラベル付けアルゴリズム(Saito 2016他)の観点から、現在の言語理論が外国語習得にどのような示唆をもたらすのかについても考えていきます。

外国語としての日本語・英語における語用論的能力の習得研究

日本国内の多くの大学では、国際語としての英語を単に語学科目として学習するだけではなく、媒介語として用いて教育を行うことにより、実践的に英語を使いこなすことのできる国際人の育成を目標に掲げています。しかし現状では、コミュニケーションのための英語教育に重きを置くという一定の見解はあるものの、目標言語を使用したコミュニケーション能力の向上のためにはどういった内容をどのように指導すべきなのか等の詳細については、共有できる明らかな指針があるとは言い難いです。また一方、欧米の大学の語学専攻コースでは、学部4年間の就学年数のうち半年から1年の目標言語圏への留学を必修としているところが多いですが、留学前教育では時間的制限から主に文法や語彙を中心とした構造的能力(organizational competence; Bachman 1990)の向上に力が注がれ、語用論的能力の養成については体系的な指導はほぼなく、留学中の学習体験に委ねられているように見受けられます。

これまでの第二言語習得研究では、目標言語における語用論的能力の習得は母語の影響を受けやすいと言われており、社会語用論的転移(sociopragmatic transfer)や語用言語的転移(pragmalinguistic transfer)が原因と考えられる学習者の誤りが多く報告されています(Jarvis & Pavlenko 2007)。構造的能力による学習者の誤用は、全般的な語学力不足が原因であるとみなされますが、語用論的能力による誤りについては、あたかも学習者自身の人間性に問題があるような捉えられ方をされる可能性もあり、異文化間コミュニケーション上のより深刻な障害となることもあります(Kasper & Rose 2002)。また実用的な語用論的能力とは、語用論的知識のみならず、ある特定の場面で会話に参加する相手と相互に会話を構築し、意図した行為を遂行できる能力、つまり相互行為能力であるといわれています(Young 2011)。このことから、大学教育が目指している実践的な語学力を身につけるには、言語の構造的能力だけではなく、十分な相互行為能力が不可欠であると言えます。

以上の学術的背景を踏まえて、本研究では外国語としての英語(EFL)または日本語(JFL)を学ぶ日本語母語・英語母語の中上級学習者を対象に、英語圏または日本への留学を経験する大学生がどのように相互行為能力を身につけていくのかを調査することにより、EFL/JFL学習者の相互行為能力の習得はどういった過程を経て発達していくのか、さらにその過程を踏まえて、いつどのような教室指導が望まれるのかを核心的な問いとして調査しています。

以下は調査結果の一部を発表した際の資料例です。